ようこそ、旅人の皆様。「table talker’s Log」へ。
私の書斎へ、よく戻ってきてくださいました。 外は冷えますから、どうぞ温かい紅茶でも召し上がりながら、ゆっくりとしていってください。
皆様と共に紡いできた『アヴェリア物語』の記述も、ずいぶんと厚みを増してまいりました。 この世界の歴史や地理について、皆様の理解も深まっていることと存じます。
さて、本日は視線を地上から少し上げてみましょうか。 そう、皆様がアヴェリアの旅路で、毎晩のように目にしているはずの……あの奇妙で、悲しくも美しい「空」について、紐解いていくといたしましょう。
異形なる夜の支配者
旅人の皆様、アヴェリアの夜道を歩く際、ふと空を見上げたことはおありでしょうか? そこに浮かんでいるのは、私たちがよく知る、あの穏やかな球体の月ではありません。
それは、まるで巨大なハンマーで殴りつけられたかのように、その身の約四分の一が欠損しているのです。表面には痛々しい亀裂が走り、砕け散った無数の岩塊が、重力という名の鎖に繋がれ、本体の周囲をゆっくりと回遊する「リング」を形成しています。
その光は青白く、どこか冷たい。 地上を照らす月明かりは、漂う破片によって不規則に遮られ、時に不安定に揺らめきます。 それは、この世界が完全な安寧の中にないことを常に思い出させる、美しくも不気味な光景と言えるでしょう。
破滅の記憶と「虚ろ」
では、一体誰が、何のために月を砕いたのでしょうか? その真実を知る者は、今のこの大陸にはほとんど残されていません。多くの書物は灰となり、伝承は風化してしまったからです。
しかし、賢者たちの間でまことしやかに囁かれている説がございます。 かつてこの世界を滅亡の淵まで追いやった大災害、今も各地に爪痕を残す「虚ろ」と呼ばれる現象。これが発生した時期と、月が砕かれた時期が、奇妙なほどに一致しているというのです。
「地上から放たれた何かが月を穿った」のか、あるいは「月から降ってきた災厄が虚ろを生んだ」のか……。 確かなことはただ一つ。この砕かれた月は、アヴェリアの人々にとって、忘れることのできない「過去の破滅の記憶」であり、不安定な現在を象徴する墓標のようなものだということです。
魔力と「律動」への干渉
さて、ここからは少し専門的な話になりますが、心して聞いてくださいね。 この砕かれた月は、単なる空の飾りではありません。世界に満ちる魔力的なエネルギー、私たちが「律動(リズム)」と呼ぶ力に、多大な影響を及ぼしていると言われています。
潮の満ち引きはもちろんですが、月の欠損した面がどちらを向くか、あるいは破片の密度によって、地上の「律動」の活性レベルが変動するという研究結果もあるようです。 特に、月からの魔力が強まるとされる夜……そうした晩には、魔物たちの活動が活発化するという報告が後を絶ちません。
さらに厄介なことに、この不安定な月の力を利用し、禁忌の儀式を行おうとする輩も影に潜んでいるという噂です。月が砕かれているからこそ生まれる「歪んだ魔力」を求めて、彼らは暗躍しているのかもしれません。
語り部のまとめ
アヴェリアを旅するならば、夜空を見上げることを忘れてはいけません。 冒険者が荒野で新たな決意を固める時、あるいは世界が不穏な影に覆われる時、その頭上には常にこの「砕かれた月」があるのです。
それは単なる背景美術ではありません。世界の謎を解き明かすための、最も巨大な「鍵」の一つなのですから。
いつの日か、皆様のような勇ある者が、あの空の傷跡の真実に辿り着く日が来るのでしょうか。 これまでに紡いできた物語、そしてこれから記される物語のどこかで、その答えが見つかることを……私は静かに願っておりますよ。



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